札幌高等裁判所 昭和43年(ツ)1号 判決 1968年8月27日
上告人(被告 控訴人) 八巻かず子 外一名
被上告人(原告 被控訴人) 日本私鉄労働組合総連合 北海道地方労働組合
主文
本件各上告を棄却する。
上告費用は上告人らの負担とする。
理由
上告人両名代理人滝内礼作の上告理由第一点について
原判決が、被上告人主張の請求原因事実はすべて当事者間に争いがない、との判示をしていることは所論のとおりである。ところで、本件記録によると、原審での第三回口頭弁論期日において、当事者双方は、第一審判決事実摘示のとおり第一審口頭弁論の結果を陳述するとともに、上告人らは、新たに「本件金員の受領について被上告人主張のような条件を付されていた事実は認める。」との陳述をしていることが認められる。そして、第一審判決の事実摘示によると、被上告人は、請求原因事実として「被上告人組合は、昭和三九年九月二〇日に開催された組合大会において、所属組合員に対し争議参加によつて支払を受けられなかつた賃金の九割を補償するが、補償を受けた組合員が被上告人組合を脱退したときは、その贈与の効力を失い、補償金全額を被上告人に返還するものとする旨を決議し、右決議にもとづき、同月二七日、被上告人組合からの脱退を解除条件として組合員である上告人八巻に対しては四、五〇〇円を、上告人松井に対しては四、八九〇円をそれぞれ支払つたところ、上告人八巻は同月二九日、上告人松井は同月二八日いずれも被上告人組合を脱退し、解除条件が成就したから右贈与契約は失効した。」と主張し、これに対して、上告人らは「上告人らが被上告人主張のとおり争議参加によつて支給されなかつた賃金の補償として被上告人主張の金員を受領したことおよび上告人らが被上告人組合を脱退したことは認めるが、右補償金は無条件で贈与を受けたものである。」との答弁をしていることも明らかである。
右の弁論の経過に照らすと、上告人らは、第一審においては、いわゆる賃金カツトの補償として被上告人からその主張の金員の贈与を受けた事実を認め、もつパら右贈与契約に解除条件が付されていた事実のみを争つていたところ、原審において、被上告人主張のような解除条件付贈与であることをも自白したものと認めるのが相当である。
そうだとすると、原審が、上告人らは被上告人主張の上記請求原因事実をすべて自白したものと認めて右事実を確定したのは相当であつて、原判決には所論のような法令違反はなく、論旨は理由がない。
同第二点について
労働組合は、所属組合員が労働争議に参加したことにもとづくいわゆる賃金カツトによつて被つた損失を補償すべき法律上の義務を当然には負わないものであるから、組合大会の決議により、組合員に対してカツトされた賃金の補償として金員を給付する場合でも、当該決議においてあらかじめ一定の条件のもとに組合員にその返還義務を負担させる趣旨の定めがなされているときは、組合員はこれに拘束されるものと解するのが相当である。しかして、労働組合の組合員が所属組合から脱退することを直接的に制約することは格別として労働組合が、脱退組合員に対して先になした一種の犠牲者救済措置としての給付ないし便宜供与を剥奪するなどの不利益を課すること自体はそれによつて事実上脱退を制約することになるとしても他に特段の事情のない限り、労働者の組合脱退の自由を不当に制限することにはならないと解するを相当とする。
そうだとすると、上記特段の事情につき何等主張のない本件では上告人らと被上告人間の贈与契約に、上告人らが被上告人組合を脱退したときは贈与の効力を失う旨の解除条件が付加されたことをもつて団結権の濫用であるとは認められないし、憲法第二一条に保障する結社の自由に対する侵害にもあたらない、とした所論原審の判断は正当である。原判決には所論のような法律解釈の誤り、理由そごの違法はないから論旨は採用できない。
よつて、本件各上告はいずれも理由がないから民事訴訟法第四〇一条、第九五条、第八九条、第九三条第一項を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 加納駿平 杉山孝 島田礼介)
上告代理人滝内礼作の上告理由
第一点 原判決は「被控訴人が本件贈与契約を締結するに際して付加した解除条件は労働組合の加入、脱退に干する結社の自由を拘束することを専らその目的とし被控訴人がその組合員に対して平等公平に補償をなすべき義務を無視してなされた組合大会の決議に基づくものであつて憲法第二一条に違反し、かつ権利濫用であるから無効である」との上告人の抗弁が、被上告人の請求原因事実が全て正当であると仮定した場合の仮定抗弁であることは上告人の準備書面によつて明白であるに拘らず、「被控訴人の請求原因事実をすべて認める。」と述べた旨事実摘示をしているのであるが、原審の誤解である。本件金員は贈与名義を以てなされているけれども真実はストライキ期間中の賃金カツトに対する補償金であり贈与でないと主張していることは第一審以来一貫しているものである。このような事実は上告人の申立てない事項を裁判所が恣に事実として確定しているもので民事訴訟法に違反し破毀せらるべきものである。
第二点 原判決は上告人の右仮定抗弁に対して、「被控訴人は……は労働組合であるから……団結権を有しており……組合員を団結へ強制すること……は組合脱退の自由を不当に制限するものでない限り……容認さるべきである。……本件各贈与契約には被控訴人より脱退したときはその効力を失う旨の解除条件が付加されたのは、被控訴人の組合大会において、組合員の意思により決定されたところに基いているのであり、……これにより控訴人らの脱退の自由を全面的に剥奪するものではなく、……ただ脱退した場合には……贈与を受けた金員を返かんする義務を負担することになるにすぎない」といつて、右仮定抗弁を排斥している。原判決は右の脱退の場合に返かんする条件は「脱退するのを事実上防止しようとする意図の下に付加されたことは明らかである」が「金員を返かんする義務を負担する」だけのことで、「脱退の自由を全面的に剥奪するもの」でないから、「脱退の自由を不当に制限するものでない」というのである。労働組合に団結権があるという原判決の認定はにわかに承服できないが、本件金員が果して贈与であるとすれば、組合脱退の場合にこれを返かんせしめる条件を付しても、その恩恵的給付の性質上、贈与者の任意に委さるべきことであり、脱退に干する不当な制限でありとはいい難いであろうけれども、右金員は前記の通り被上告人の指令に従つたストライキの間の生活費の補償として平等に支給されたものであつて、被上告人組合の組合員に対する義務として行われたものであるから、これについて、将来、組合を離脱した場合に返かんせしめるという条件はそれ自体不当な制限であり、かつ組合員の平等原則に反する違法なものであるといわなければならない。原判決のいうがごとく、支給された金員さえ返かんすれば脱退ができるのだから不当な制限でないというならば、例えば脱退について過怠金のごときものを徴収するようなことも、これと同じく、金員さえ支払えば脱退できるのであるから不当制限でないということになり、その謬論であることは多言を要しないであろう。要は、脱退についての制限が不当であるか否かは、その制限が金銭的なものであるとか、もしくはその額の如何であるとかにあるのではなく、その制限自体が合理的なものであるか、否かによつて決せらるべきものである。しかるところ、本件返かん条件なるものは、一旦、組合から組合員に対して、ストライキ参加日数に応じて平等に、組合の組合員に対する義務の履行として、組合員の損失補填として支給された金員を将来脱退の場合に返かんせしめる主旨であるから、結局に於て、組合が脱退者から過怠金とか違約金とかいう金員徴収をすることと同一結果になり、そのような条件は不法、不当なものであるといわなければならない。原判決は憲法第二一条の解釈を誤りこれに違反し、かつ理由齟齬の違法あり破毀せらるべきものである。
以上